ニコラース・ポイクの駿府旅行記 従来の知見


ローデ・レーウ号の舵手の日記と金地院崇伝の『異国日記』によって、ローデ・レーウ号の上級商務院アブラハム・ファン・デン・ブルック(Abraham van den Broek)とフリフィウン号の上級商務員ニコラース・ポイク(Nicolaes Puijck)が七月二十七日(わが六月二十六日)平戸を発し、駿府でわが「七月十一日頃」共和国連邦総督オランニェ公マウリッツ(Maurits, Prins van Oranje)のポルトガル語の親書と印子(純金)の盃その他の献上品を家康に贈り、円光寺元信が起草し「七月二十五日」付で「七月二十一日」に朱印を捺した漢文の返書と同じ日付の両使及び日本にいないオランダ人宛ての朱印状四通の交付を受け、九月十三日(わが八月十五日)には平戸に帰着し、十月三日には両船とも平戸を去ったことが、また、当時のオランダ両船の拡大評議会(Brede Raed)の決議録によって、両使不在の間に、平戸碇泊中の両船を臨検した長崎奉行長谷川左兵衛藤広に対してアダムズの助言で幾何かの贈物が贈られ、またこの旅行の成果に基づき一六〇九年九月二十日(慶長十四年八月二十二日)フリフィウン号の下級商務員ジャックス・スペックス(Jacques Specx)を上級商務員兼商館長とする平戸オランダ商館が設置されたことが、従来知られていた。
(抜粋:日蘭交渉史の研究 P.94)



ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント